ディーゼルから水素へ変わった路線も、早速水素から電気へ。2022年9月撮影

フランクフルトの北に位置するFriedrichsdorfから、くねくねと曲がりながらおよそ36km続くタウナス山脈のローカル線、Taunusbahn。2022年にはディーゼル気動車から水素電車に切り替わった路線だが、この度、電化工事を開始するための認可が下りた。

今回、電化工事の認可が下りたのはこの路線の起点となるFriedrichsdorfから路線のほぼ真ん中に位置するUsingenまでの約18km。Usingen以北のGrävenwiesbachまでの10kmほどは第2段階として今後検討に持ち込まれるが、Grävenwiesbachから路線終端のBrandoberndorfまでの残りの8kmほどは電化の予定はないとされている。なお一部の交換駅を除いて基本単線だが、電化工事にあたり、将来的なダイヤパターンの計算上で必要になる Saalburg - Wehrheim 間2.3kmほどを複線化することになっている。

以前運行されていたVT2E型ディーゼル車。

まず、Taunusbahnを紹介するにあたっては、DBの路線では無いことを解説する必要がある。国鉄時代はもちろんDBが保有していたわけだが、民営化後にはHochtaunus地区が買い取り、地区の公共交通部門を本役所から分割してVHT (Verkehrsverband Hochtaunus) が誕生した。こちらが線路を保有する会社となり、現在でも所有者のため当プロジェクトの計画主でもある。余談ではあるが、路線と共に再開業当初に導入されたVT2Eの11編成も所有していた。なおVHTには技術者は在籍していないため、インフラ関連の業務は近隣にほぼ同規模の路線を所有しているFKE(Frankfurt-Königsteiner Eisenbahn・現HLB (Hessische Landesbahn))に委託している。

なお路線の大半の橋やトンネルなどの構造物は100年以上の歴史があるため、文化財として保護されている。

現在Taunusbahn沿線からフランクフルトに向かうには、平日ラッシュ時のみに運行されるフランクフルト中央駅行き直通便の数本を除いてはFriedrichsdorfまたはBad HomburgにてRB15(Regionalbahn・中距離タイプ)からS-Bahn(近距離通勤タイプ)に乗り換えが必要となる。

計画では、電化終了後にフランクフルトからFriedrichsdorfまで乗り入れているS5をUsingenまで延長運転し、S-Bahnの走行範囲を増やすこととなっている。近年人口増加が続くフランクフルト近郊のラインマイン地区の活性化や、フランクフルトの中心地まで乗り換えなく一本でたどり着けるような路線にすることを目標に挙げている。これにてUsingenからフランクフルトのルート上は、現在は必要な乗り換えが今後は解消される。

なおUsingen以北に住んでいる利用者にとっては、乗換駅がBad HomburgからUsingenに変わるわけだが、こちらは到着ホームにて対面乗り換えができるようなダイヤ設計を目指すとされている。

プロジェクトページより引用した電化計画区間。

電化工事プロジェクトの話が持ち上がってから、近隣住民による反対も少なくはなかった。主に利用者からは、なぜ路線終端まで全てを一斉に電化しないのか、路線全体の品質を下げる工事なのではないかなど、当初はかなり不透明な計画を疑問に思う声が多かった。他にも複線化工事や電化工事に際しての土地の所有権に関する揉め事や架線柱による景観美の低下、さらには騒音問題などもたびたび議題に上がり、政治的に解決しようと試みる地域もあったとのこと。大半の疑問は後に計画の詳細が発表されていく中で解決したものも多いが、批判の中には正しい指摘も多数あり、それらは特に対応されることなく工事計画が認可されてしまった部分もある。特に、プロジェクトが開始されてから認可が下りるまで異常に長い時間を費やしたことも大きな問題として定期的に取り上げられていた。

Bad Homburg に停車中のS5。今後はロングランナーとなるか。

なかでも有耶無耶にされてしまい、最終的には納得できるコメントなく認可が下りてしまったのは「中距離型車両から近距離型車両への変更」である。中でも問題視されたのは、必要以上に多い扉の数による座席数の減少。他にもバリアフリー兼自転車スペースの減少も話題に上がっていたが、こちらはS-Bahn車両のリニューアル時にフリースペースが増設されることが確定したためあまり問題として取り上げられなくなっている。S-Bahn車両の扉の数(4両編成一本(70m)につき12箇所)はフランクフルト市内の定時運転を行うにあたって必要不可欠ではあるが、Usingenほど郊外となると確かにもっと少なくても十分ではある。

また、Usingenからフランクフルト市内までは所要時間が50分ほどと予定されているが、車内にトイレ設備がない状態での運行となることも問題として挙げられた。一部の途中停車駅に設置されている簡易型トイレを使うにしても、後続の列車が来るまで30分待つ必要がある。Usingen以北の利用者にとっては、さらに厳しいかもしれない。

プロジェクトが批判を集めたのは、もう一つ大きな原因がある ー それは、電化工事が完了したところで列車の本数が増えないことだ。ディーゼル車両を3編成(計90m)繋いでも積み残しが発生することがあった路線が、S-Bahn車両2編成(計140m)で運行されることになるのは立席を含むキャパシティ的に見てありがたいが、ダイヤ上では運転間隔に変化はないどころかラッシュ増発便が減少したのである。2022年12月のダイヤ改正ではディーゼル車両引退と共に燃料電池車両が導入された。車両も一斉に交代したが、この際に事業者も変更となり、その際に大本のRMV(Rhein-Main-Verkehrsverbund、ラインマイン交通協会)によるダイヤの発注が変更されたのであった。電化プロジェクトとは一見関わりが無いように見えるが、この減便が沿線利用者の不満を拡大させ、反対派を増やしてしまった。本数が増えないのに電化工事を行うのは採算が取れないのではないかなどとの批判もあった。

2015年から開始されたこのプロジェクトは、本来は2017年に認可され2019年に電化開業予定だった。当初の予想以上に集まった批判や問題解決に時間を要したことも原因の一つではあるが、解決が長引いたことによって変更された法律や基準も多く、その都度計画を合わせる必要もあったためさらに長引いたという。

認可が下りるまで7年ほど遅れを取ったとはいえ、ついにUsingenの駅にて2024年8月28日に記者会見が行われた。NITStrainもこの度、公式に参加させていただく機会を得た。

記者会見では当プロジェクトを認可した Regierungspräsidium Darmstadt (ヘッセン州政府の内務省を上級官庁とする県庁) よりHilligardt、RMVより代表取締役Ringat、Hochtaunus地区(郡)より郡長Krebs、VHTより代表取締役Denfeld及び広報Dienst、鉄道部門担当Träxlerが認可書の受け渡しを行った。なお余談ではあるが、電化工事を代表するイメージ画像には Bad Homburg の駅舎を背景に、「S5 Usingen」行きとコラージュされたS-Bahnの車両が映っているが、こちらはNITStrainが依頼を受けて作成を担当したものとなっている。記者会見では質疑応答も行われ、詳しい返答はなかったものの、完成を2030年までに目指すとのこと。今後、工事を行う会社の競争入札などの進み具合などにも影響するとされ、このプロジェクトにかかる金額も最終的にはまだ不明だという。

Usingen駅にて、バナーを前に認可書の受け渡しが行われた

非電化区間の電化工事に対する取り組みは、ドイツ全域においてやや消極的であると言っても過言では無いだろう。政治家の発言などに基づく計画段階までの取り組みは多く見られるが、実際に詳細な計画に移行したり実行できる段階まで進んだ電化プロジェクトは非常に少ない。2023年の統計では国内の鉄道線の路線長はおよそ33351kmとされており、そのうち20851kmが電化された区間。確かに電化区間は徐々に増えてはいるが、完全新規開業の区間や蓄電池車両用の充電架線設備を除くと、最後の電化プロジェクトは2022年に遡り、2023年と2024年には一切電化工事が行われていないこととなる(注釈・2024年6月にNibelungenbahnの4.6kmが部分電化されたが、こちらは一時的な措置とされ12月には再度撤去されることから統計から外している)。予定されており定期的に話題に上がる大規模な電化工事プロジェクトは複数あるが、いずれも認可取得中の段階だったり長年の遅れを取った上でやっと作業が開始したところなどが多い。

電化工事にこれほどにも消極的な背景に、蓄電池車両や燃料電池車両の登場も少なからず影響している。電化プロジェクトも本来の目的は脱炭素であることから、インフラストラクチャーに大掛かりに手を加える必要が無く、ディーゼル車両をカーボンニュートラルな車両で置き換えれば良いといった判断であろう。

実際に当計画にて、既存の電化区間ではパンタグラフで走行し非電化区間ではバッテリー走行ができる蓄電池車両を導入すればよいのではないか、などといった批判も相次いだ。S-Bahnの特殊構造を理由にすぐに片付けられてしまったが、このような考えはほかの地域では採用されているようで、ここ2年ほどで蓄電池車両などの運行範囲は格段に広がった。別の記事でも記した通り、これら最新型車両が本当に長期的な脱炭素の鍵となるのかはさておき、長い大掛かりなプロセスを避けては通れない電化プロジェクトを開始するより楽に早く導入できる車両も一つの手段ではあるのかもしれない。

2022年のイノトランスで展示された蓄電池車両や燃料電池車両

計画のみで計上すると、この先10年間で累計およそ1740kmにも上る電化プロジェクト計画がある。今回のTaunusbahnの18km弱の電化は、そのドイツ全域の電化計画のたった一部に過ぎない。とはいえ、このプロジェクトが完成するとDBではない小さなインフラ所有者でもこのような大きな計画を実行することができる証明にもなり、他の地域の同業者を勇気づける一歩にもつながるのかもしれない。今後のこのプロジェクトの進展にも、そしてドイツ全域の今後の鉄道の変化にも注目していきたい。