今でも問題が多発しているAlstomの水素車両。2022年12月撮影

水素は私たちの新たな未来なのか

2024年2月22日、ドイツのゲルリッツ市に水素路面電車が導入されるとの発表があった。本線では度々問題が起きている水素車両は本当に私たちの未来の車両なのだろうか。

【お知らせ】「鉄道ジャーナル」2024年4月号にて、遠藤俊太郎さんによる水素車両に関する記事が5ページに渡る特集として掲載されております。NITS中の人の業務管轄でもある水素車両も取り上げられています。

近年、ディーゼルに変わる環境に優しいエネルギー源を使用する車両の開発が進んでおり、2022年に開催されたイノトランスの注目のテーマでもあった。欧州の大きい車両メーカーは主に蓄電池搭載のバッテリー車両の開発を行っているが、一部の会社は並行して水素エネルギーを使用した車両の開発にもあたっている。

一方で、電気バスや水素バスなどの開発も進んでおり、公共交通機関は以前よりクリーンなものとなりつつある。

今回新規に開発が行われるのは路面電車部門。2024年2月22日の発表によると、ゲルリッツ市の路面電車へ導入するための開発補助金およそ800万ユーロが決定となった。日本円に直すとおよそ13億、この巨大な金額が支払われるにあたって路面電車の開発は価値があるのか。

イノトランスで公開された各社の車両。2022年9月撮影
側面に描かれる水素関連の化学記号。2022年12月撮影

本線系統では欧州の3大大手車両製造会社のSiemens、StadlerとAlstomが開発と製造を行っており、3社とも実際に試運転や営業運転などを行っている。各社が並行して開発している蓄電池搭載車両とは違い、水素車両は架線からの電気供給は無いので、パンタグラフを搭載していない。主にディーゼル車両の代わりとして実験が行われているため、現在導入されている路線もほとんど架線の無い区間を走行している。しかしながら、水素のエネルギー効率や燃料タンクのキャパシティなどの関係で、ディーゼル気動車と比べて一回のエネルギー補填で走行できる距離が大幅に違う。

今回開発が行われる路面電車も本線を走行中の車両と同じで、パンタグラフからの電気供給を受け付けない設計となっている様子。つまり、水素だけがエネルギー源となる。

ドイツ国内には、非電化区間を走る路面電車が複数ある。しかし、その区間を走るトラム車両はどれもデュアルモードと言い、ディーゼルエンジンとパンタグラフの両方を搭載している。つまり、パンタグラフを搭載せず、かつ別のエネルギー源だけの路面電車車両という点では新規開発となる。

余談ではあるが、開発が終わり次第試験的に導入されるゲルリッツ市は、全ての路線が電化されている。水素車両を導入する必要性は今のところは無い。

ケムニッツのトラム車両の一部はデュアルモード車両。

では需要はどうなのか。プレスリリースによると、「既存車両の置き換えが第一目的ではなく、新たなる可能性としての開発が中心」とされている。水素路面電車の開発、そしてのちに量産化を目指すことによって、新しいトラム路線を作るにあたって計画と実行で躓きやすい架線という概念を撤廃できる仕組みとなる様子。実際に、ドイツ国内の電化に関しては計画を実行できるまでの書類手続きがかなり複雑で、フランクフルト北部では17キロメートルの単線を電化するための実行前段階の手続きですでに7年以上が経過している。当初の5年という計画に対し、計画遅延などもあって10年ほどかかる見込みとなっているので、実際に架線の計画を省けるのであれば開業までの時間を短縮できる可能性はある。

では金額面ではどうだろうか。現段階での水素車両は、ディーゼル車両と比べてかなり高価なことは周知の事実だろう。これが今までになかった新規開発となると、よりコストがかさむ。加えて路面電車となると、場合によっては本線を走行する車両より密集した市内区間などを走ることから安全規定が厳しい可能性もある。また、水素の補填のためのインフラ整備や水素の値段によっても大きく変わるだろう。また、このような架線を必要としない路面電車の導入を検討する地域はおそらく小規模な街などになるだろうとみられるが、その場合は車両を製造するとしても小ロットとなるであろう。そうなると、一編成あたりの値段も跳ね上がってしまうため、結果的には今まで通り架線から伝わる電気で走る路面電車を導入したほうが安く済む可能性が高い。既存のシステムの追加として導入するにしても、補填のためのインフラ整備などのコストは発生するほか、走行可能な車両制約なども出てしまうため、運用面でのデメリットなども発生するだろう。

燃料タンクの不具合で動けなくなった水素車両。2022年12月撮影

再度、本線系統に目を向けてみる。2022年12月に営業運転を開始したAlstom製のiLINTだが、営業初日で半数が運休、2日目にして全列車運休と最悪なスタートを切ったことを覚えているだろうか。ともに人員不足ではなく、車両側のトラブルであり、後に消費量とタンク容量の問題などが浮上した。2024年現在でも車両側の問題は完全には排除できていないようで、本来計算されていた出力の7割程度の状態でギリギリの運転を続けている様子。

確かに新たなる開発は重要であり、最初から否定すべきではないにせよ、このように1年以上経過した後も根本的な解決ができていないシステムにこれほどの多額を賭けていいのだろうか。完全なる成功例と呼ばれる前例がないため、本当に水素路面電車の開発が行われるのであれば、補助金額も踏まえて、どうにか成し遂げてほしいものである。

クリーンエネルギーを求めて辿り着いた、バッテリーと水素といったディーゼルの代わりとなるであろう新たなエネルギー源。別の記事でも掲載している通り、ディーゼル車両の製造はいろいろな企業で終わりつつあるが、同じようなスピードでクリーンエネルギーシステムの開発が進んでいるかといえばそうではない。

ディーゼルを置き換えるためのシステム開発が未完全のままである中、ドイツは少しばかり早歩きして手順を間違えてしまった印象を受ける。

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