前回の日本旅行では体調を崩しながら4週間も北海道から広島まで駆け巡ったしゅうさん。体調が回復したとはいえ、無理も禁物。今回の2週間半の滞在はスローペースで、関東中心となったのである。2024年7月12日と13日のブログ。
7月11日の午前、私はフランクフルト空港の自動チェックインの機械と格闘していた。そう、パスポートが読み込まれないのである。機械がギブアップしてエラーを吐いて私の顔も見たくないようなので、仕方なくカウンターへ。遠目で見られていたようで、状況はすぐに理解してくれたスタッフさん。いろいろと手動入力で頑張っていただいたところ「オーアナタBusiness Classにアップグレードされてるネ!」
え、マジですか。大感謝でございます。これは快適な空の旅を楽しめる。ルンルンしながら荷物検査などを済ませ、搭乗口へ。
初のビジネスクラス。慣れない。でも快適。元から飛行機を撮影したり外から見るのは好きなのだが、乗るのは苦手な私。今回も胃を痛めながら乗ったが、この快適さで大幅に緩和され、日本に着くころにはストレス無く元気な状態だった。
日本へ行く度に必ず立ち寄る場所、川越。今回ももちろん経由するために、到着して直行。珍しく西武特急を使わずに、池袋から東上線の急行列車でのんびりと。あいにくの雨だったのであまり外を出歩く気にもなれず、ホテルのチェックイン時間までは雨宿りしながら撮影。
川越市駅で構えていると、9000系が2本並んだので記録。12日に撮影したので、9107編成のビフォーアフターに成功。翌日の姿はまた後程。9000系は個人的に一番好きな形式なので、もっときれいに撮影したいし、それこそ更新工事が行われずに原形をとどめていた9101編成が廃車になったことが悔しい。
ほかの見慣れたいつもの形式も記録。左から50090型51093編成、30000系31602編成、10000系11006編成。30000系はフルカラーLEDになってから初めての記録かもしれない。そして相変わらず大きな更新工事は行なわれずに走り続ける10000系。果たしていつまで続くのだろうか。そろそろ東上線系統にも新型が来てもおかしくないとは思うが、同時に越生線方面も更新されるんだろうか...
そんなこんなでホテルのチェックイン時間になり、部屋でいったん休憩。夕方には早速RTMメンバーと合流して焼肉。柿の字、アスの両メンバーとも気づけば7年ほど連絡を取り合っているわけだが、毎度の如く訳の分からない鉄道のコアな話に花を咲かせすぎて時間があっという間に過ぎていく。気づけばお外もお先も真っ暗だったので、程良いタイミングに解散。翌日もまたフルスロットルな予定が詰まっていますからね。
さて、本来の予定では日本に到着してすぐに関西へ向かう予定だったのに、なぜかこの人は川越にいるわけです。しかも優雅においしい焼き肉を頬張ったうえ、日付を跨いで7月13日になってます。
そりゃ臨時列車が来ると知ったら、予定を変更してでも川越に行かないとね。
653系、初めまして。なんとあの通勤型車両しか来ないことで有名(?)な川越の駅に、臨時の特急が入線。夏の臨時列車のプレスリリースを確認しておいてよかった。
特急列車が入線するホームは乗客のために封鎖され、駅長さん含む駅員の方が垂れ幕を持って特別列車をお出迎え。ホームでは小さな式典も行われ、パーティーモードのJR川越駅。しかし私は早急に改札を出る必要があった。
実は私が日本に行く前に確認していた臨時列車情報はこのJRと、東武鉄道の2つ。
完 全 に ノ ー マ ー ク
正確に言えば、この日の朝に柿の字から連絡が入り、西武でも臨時列車があると情報をいただいたので、川越駅から急いで本川越駅手前の西武線の踏切へ。
西武鉄道独特の踏切音が鳴る中、静かに通過するフランクフルトソーセージ新型特急のLaview。普段は池袋線系統のみで走る車両が、どうやらライオンズのイベントで西武新宿線系統へ入線。車両自体は何度か撮影しているものの、新宿線系統ではもちろん私も初めての撮影。
(後日談・私がドイツに戻った後の大雨でニュースにもなった「川越水没」、西武線が通れなくなったのはちょうどこの部分が冠水したからです)
さて、再度場所を移動して東武鉄道は東上線の川越市駅へ。こちらで半日ぶりに柿の字と合流、臨時列車を待ち構えることに。
10年前の100周年のタイミングでは私は日本にいなかったものの、8000系の3色が連結されて運転されたビッグイベントに対し、110周年はヘッドマークだけというちょっと残念なミニイベント。列車には団体専用と書かれているわりには、駅では「急行・池袋行き」とアナウンスが入ったり表示されたりと、普通の乗客の混乱も招いたこちらの臨時列車。先述の通り、ビフォーアフター比較ができる9107編成です。
...まぁ、ヘッドマークのステッカーが貼られているだけですけれども。
さて、車を出してくださった柿の字さんへのお礼はこの日の最後にも日本滞在最終日にもしておりますが(なにでとは言わない)(前回のお礼は結婚祝いも兼ねて洗濯機1台)、ありがたいことに列車だけではたどり着けない埼玉県の奥地(?)へ。友人にお勧めされたので、埼玉県ときがわ町にある「とうふ工房わたなべ」を目指して、謎のニュータウン(たぶん鳩山町?)などを通過して下道で一時間。到着したところで、おすすめされた豆乳アイスを満喫。
車はそのまま川越に引き返さず、越生へ。軽く昼食を取り、越生線で東武8000系を記録。この形式も最後に作られたものでも40年を超えており、そろそろ寿命なはずなのになかなか置き換えの話が出ない。それだけ長持ちするのは良いことではあるのだろうけれど、まぁこの爆音だったり車内のくたびれ具合などを考慮すると、やはり新型車両が欲しいところではあるよなぁ。旧型車両が好きな私ではあるが、やはりユーザー面からしてもそろそろ新車をお願いしたい気持ちはある。他線区からの中古はやめてね。
川越に戻る際に軽自動車がやっと一台通れるような狭い木造(?)の橋を通過しながら、思い出の土地に寄っていただくことに。
まず到着したのは、西川越駅付近の東上線の入間川橋梁付近。踏切からだったら楽に撮れるかなといった想いは、現地にたどり着けば架線柱の多さで破壊される。これもまた日本らしさかなと思い、タイミングよく来た川越特急を秩父連峰と共に記録。ところで、川越より先に行く特急をなぜ川越特急と名付けた...?
その後も思い出の場所を経由していただき、散策旅は終了。改めてありがとうございました。夕飯を共にして解散。
さて、2日ほど後回しになった関西滞在。川越に2日も割いたため、その分の関西滞在が削られるわけですね。しかも誰も関西に直行するとは言っていないわけです。果たしてこの人はどこに行きやがったのか。次のブログに続きます。